『緑の遺志』
強く吹く風が、乾いた砂を巻き上げる。
ここはかつて町だった場所。数年前は小さいながら活気のある町で、流通も少しばかりあった。旅人たちが求めるのは、この町特有の魔道具の類だった。
ここは昔、魔術士が多くの住む町として知られていた。彼らは自らの魔力を封じ込めた、魔力を持たないものにも同等の効果が得られる魔道具を売って暮らしていた。
だがそれはもうずっと以前の話。現在、この町にあるのは、荒れた畑、砕かれた石造、屋根のない民家、崩れた外壁。
呪われた町――旅人の間では亡霊が出るという噂が実しやかに囁かれる場所。今はただ、人の生きた痕跡だけが残された廃墟である。
真っ黒い雲が空に広がり、風が吹き付ける日。
一人の男が呪われた町に足を踏み入れた。男は鮮やかな緑色の髪風に遊ばせている。
当然、人の影はない。人の面影はある。だから余計に、廃墟は不気味だった。
男は暗い面持ちで街を練り歩く。過去訪れたことがあるのだろうか足取りに迷いはなく、どこか懐かしんでいる気配すら漂わせている。しかし双眸はどろりと濁っている。
見たくもないものを無理やり見せ付けられているような顔で、男はふらふらと町を徘徊していく。嫌なら止せばいいのに男は足を止めない。
ひとしきり見物を済ませると男は一軒の家へ足を踏み入れた。埃っぽい臭いが顔をしかめさせる。
ほかの家に比べて比較的原形をとどめる壁には、金の装飾を施された剣が掛けられていた。
無言で鞘から抜いた剣の刃は錆びていた。
震える口からこぼれたのは見た目よりもずっと若い声だった。
「もう終わった、何もかも終わった。すべてを忘れよう。もう、どうでもいい」
男は左腕に爪を立てて握っている。剣による傷跡だろうか。そこにある古傷は力に歪められていた。
* * * * *
じいさん、宝石を捜してるんだ。たぶん緑色で、馬鹿でかい。ちょうど子供の頭くらいはあるんだ、そいつは。それでもってどんな剣豪の太刀でも毛筋ほどの傷だって付けられねぇ強度だ。そんなやつあるか?
……どうしたんだ? んな渋い顔しちゃって。客商売なんだからもっとスマーイル、スマーイル。…それでーどうだい? 何か心当たりでもないか?
そうか、この街で一番マニアックなよろず屋って前評判だったんだがなぁ。はははっ、冗談だって。怖い顔はやめてくれってば。
えっ? その宝石どうするのかって?そりゃあ俺の嫁さんにプレゼントすんだよ。あ、嫁さんってもまだ結婚してないんだけどよー。勝手に決めちまったんだ、これがまたえれえ美人でっ…て、じいさん!
笑おうぜ? ……はいはい俺の冗談じゃ笑えませんか。
で、じいさんこそなんだよ、理由なんてどうでもいいだろ? それとも何か〜? 実は隠し持ってるんじゃ……
わーった、わかりましたよ、もう。話せばいいんだろーがよ。そんなに気が短いとはげるぜって…もうつるつるか。ああ、ごめんなさい!
……でもよ、ちーっとばかし長い話になるぜ?しかもたぶん…信じてくれねえぜ?
今から60年くらい前な、俺は学生やってたんだよ。12歳だったね。……ほらな? 信じないだろ? いままでもみーんなそーだったよ。今の一行でつっこんでくるわけよ。お前どう見ても10代だろって。でもそれが間違ってねぇからまた始末がわりいんだ。
で、どうする? 続けるか?
……は〜、暇人だねぇ〜。 わかったよ、俺も男だ。腹くくることにするぜ。
俺の歳は18歳。どこからどう見ても健康そのもの、頭もイかれちゃいない。
故郷は遥か東、野を越え山を越え、砂漠を横切り、海みたいな湖をぐるっと回って、
んでもってそこからまだもっと東にいったところにある小さな町だった。緑が多くってね〜、そのせいか町の人間はみんな緑色の髪だったな。ほら俺もそうだろ?
そこは田舎だったけど、無駄に魔道士がたくさん住んでさ。やつらの作る魔道具を求めてそれなりに人の行き来はあった。
んで俺はその頃、魔法を教えてもらう学校に通ってた。ほかにも町の子供が30人くらいいたはずだ。俺は魔法が好きで毎日無意味に楽しかったよ。小さな火を指先から出せるようになったときは本当に嬉しかったなぁ。
あ、じいさん。火ぃ貸してくれない? 悪いね……
良くわからんが魔法が一切使えなくなっててな、せっかく練習したってのによー。ったく。
え〜……どんよりと曇った日だった。
俺が教室で授業を受けてると、町の中央にある鐘が激しく打ち鳴らされた。ガランガランガランガランってな。
俺達ガキはすぐに不安に駆られたよ。
だって鐘が鳴るのは正午と夕方で、そのときはまだ朝だったからな。鐘が鳴るなんて異常だったんだ。でも先生は顔色一つ変えずに笑ってた。
「付いてきてください」
そういうと俺たちに背中を見せた。
俺達は混乱しながらも先生についていった。先生は町で一番若くて、一番強力な魔導士だったから、先生が笑ってるなら大丈夫だろって俺達も笑った。
しばらくして、先生は廊下の突き当たりにくると、白い壁に手をかざして早口で詠唱を唱えた。
すると壁にドアが現れた。
ドアの奥は秘密の部屋だった。狭かったけど俺達は全員が入れた。それを確認すると先生はにっこり笑って目を閉じてくださいって言った。
俺達は素直にそれに従った。唐突に気が遠くなっていった。
俺が目を覚ましたのはたぶん54年後くらいだ、今から6年前ってことになる。
さすがにこの俺もたまげたぜ〜。
いきなりハゲ親父に囲まれててなぁ。目覚めて早々、とんだ悪夢だったぜ。無意識にお前らなんだよって叫んださ。それでも奴らぽかんと口開けたまま動かねんだわ。その後すぐ俺は気ぃ失って倒れちまったんだけどな。
その次に意識が戻ったらすっげえ長いベットに横になってて、美人のメイドさんが俺を看病してた。
「ココハドコ。ワタシハダレ」
俺が呟くと彼女はこともなげに
「エルドナームス様のお屋敷でございます。残念ながらあなた様のことは存じ上げておりません」
と一息に言い切った。
俺は少し考えて、自分はカームです、と言った。
屋敷の主人エルドナームスは大変な物好きだった。その上莫大な金を持っていた。めずらしいものを収集するのが趣味で、武器、宝石、置物、珍獣なんでも屋敷には揃っていた。
俺は疑問をぶつけた。
なぜここにいるのか、そもそもここはどこなのか。他の仲間はどこに行ったのか。
主人はゆっくりと口を開いた。
「この町にやってきた行商が、私のところにすばらしい宝石が手に入ったとやってきた。淡いグリーンの宝石で、それはそれは美しく、しかも大きかった。子供の頭くらいの大きさがあった。私はその場でその宝石を買った。私は悩んだ挙句、宝石をアクセサリーに加工することにした。それで職人に依頼したのだが宝石はなにをどうしても、切ることができない。困った私は魔道士に見せてみたのだ」
さらに主人は哀れむような目で続けた。
どうやら宝石には魔法的な封印が施されていることがわかったらしい。そしてその強力な封印をはずすために数人の魔道士が集まって……あとはわかるだろ? 蓋を開けてみると宝石は俺になっちまったってーわけだ。おまけに宝石になってる間は歳を食わなかったらしい。
…どうだじいさん? 笑い話だろ。
あの日、目をつむった俺達を先生が宝石に変えたということはすぐに理解できたよ。だけど、なんでそんなことをする必要があるのか、まるでわからなかった。
俺は主人に謎を解明したら戻ることを約束し、旅に出ることにした。
特別未練があるわけじゃなかったが、胸がもやもやしてたんだ。長い時間をあっという間にすっ飛ばして、目覚めてみれば見知らぬ地。俺は立ち位置を見失ってた。
だからまあ、普通は故郷だよな。でもそう簡単にことは進まなかったさ。
だって気づいたら見知らぬ街だぜ? どこをどうやってたどり着いたかもわからないんだからな。何年も歩き続けてやっと故郷の地を踏んだのが、一年ほど前のことだった。
ん? どうしたんだじいさん。顔色が悪いみたいだがな。……そうか? んじゃ。
結局のところ、謎は解けたよ。驚くほどあっけなくな。
俺の故郷は廃墟に成り果ててた。人っ子一人いない、残骸だけ。
隣の街で老人に聞いてみっと、これがまた懇切丁寧に説明してくれてねえ。
俺の故郷――呪われた町についてな。
その町はある曇った日に、魔物の襲撃を受けた。数多くの魔道士の住む町だったが、多勢に無勢。しだいに住人達は疲弊していった。
そして次の朝日を浴びるころ、町は血に染まっていた。生存者はなし。その場所は誰も近寄ろうとしない呪われた場所になった。
俺は悟ったよ。
あのとき先生は、俺達を生かすために魔法をかけたんだ。俺達はどんなものにも負けない宝石になって眠り続けた。先生が戦いに勝ってすぐに元に戻すつもりだったのか、それとも運命を知っていたのか。俺にはさっぱりわからない。はっきりしてんのは、町は全滅じゃなかったってことだけだ。
それで、いつのことだがわからないが、俺達扮する宝石は何者かによって持ち出された。きっと人の手から手へ移動していったんだろうな。俺達はちりじりのばらばらだ。
そして俺は運良く人間の姿に戻れた。
うん? ん〜不思議と悲しみとか絶望なんてのは感じなかったな。生かされた以上何かしないといけないと思ったよ。
で、まーとりあえず宝石を捜すことにしたのさ。
きっと世界のどこかには、宝石のままの姿でどこかに転がってる俺の同級生がいるはずだもんな。事実を知る俺には助ける義務があるように思うんだ。
えっ? もしもすでに宝石がなくなってしまってたり、みんなとうの昔に人間に戻ってたら?
さあなあ、そのときはそのときだよ。一度会ってみたいな! 俺よりずっと早く戻ってたらもういい歳かもしれねえしな。なんかそういうのおもろいじゃんよ。
それに〜俺には今やりたいことがない。のんびり旅でもしながら、それを見つけるさ。
廃墟の俺の家? 入ったよ。他の家と比べると結構しっかりしててな。でも中身はもぬけの空だった。金目のもんは全部盗賊かなんかが持ってったんだろな。親父が大切にしてた家宝もなくなってたよ。
ん? なんだよその剣。ひょっとしてくれるとか? えっ、ほんとうにもらっていいのか? 冗談だったんだけどな。
実は昔遊びで剣振り回して友達の腕切っちまったことあってさ。それ以来トラウマって言うか〜。親父の鬼みたいな顔がまだ鮮明に……
そっか、そこまで言うなら……なんか裏があるみたいで気持ち悪いな、じいさん。
そんじゃ俺はそろそろいくぜ。こんな馬鹿みたいな話に最後まで付き合ってくれてありがとなっ。
* * * * *
金の装飾を施された剣を持った緑髪の青年が去っていくのを、老人は瞬きもせず見送った。老人の目には薄っすらと涙が光っていたが、青年は振り返ることはなかった。
老人は左腕に爪を立てて握っている。剣による傷跡だろうか。そこにある古傷は力に歪められていた。
「この剣どっかでみたことあるよ〜な……デジュビュってやつかね〜。にしても高く売れそうだけど……どうっすかなぁ」
青年がすらりと抜いた剣は刃こぼれ一つない。どこまでも研ぎ澄まされていて、吸い込まれていきそうな雰囲気を持っていた。
おー!
青年の漏らした感嘆に、剣はきらりと太陽を反射させた。