『巨大な宝箱』
ぽっかりと口を開けた洞窟を前に、威風堂々たる三人の冒険者が佇んでいる。
背後から太陽の光を受け伸びた影は洞窟の内部へと伸びている。
「ここのようね、山小屋のおじいさんが言ってた、魔窟ってのは」
腰に手を当てて言い放つは、軽装の女武道家。四肢には無駄のない、しなやかな筋肉が見て取れる。
「お宝手に入れたらはらいっぱい飯食えるなー」
お気楽に笑う大男。大刀を腰に帯び、左腕の甲には青銅造りの盾。武道家とは対照的に筋肉の鎧に包まれた体。大小さまざまな傷はくぐった修羅場の数を物語っている。
「まとまったお金が手に入るといいですね。いやほんと」
僧侶の衣装に身を包んでいる男は言った。手にした松明にぼそぼそ何かを呟くと、ごうと炎が燃え盛った。
「さあ、いきましょうか! みんな気を引き締めるのよっ」
* * * * * *
「にしても……くら〜いわね〜、嫌んなっちゃうわ〜」
「はははっ、仕方ありませんよ、アミリアさん。ここが眩い光で満たされてたら逆に怖いですから、はい」
「腹へったんだなぁー、ご飯食べたいんだなー」
「あらクリスト、私はなんだって明るい方が好みだけど〜? 男の性格も宝石もっ」
「まま、愚痴を溢してばかりいても仕方ありませんから、ほんと」
「腹へったんだなぁー、ご飯食べたいんだなー」
「お黙りなさいグリーム!! さっきから同じことばかりうるさいわよッ!!」
「ちょっとちょっと、狭いんですから大声出さないで下さいよ。我々はひっそりとだれか――」
「るっさい、気が立ってんのよッ!!」
「でも俺、腹へったんだなぁー、もうずっと食べてないんだなー」
「んなことわかってるわよ! 私だってお腹は減ってるわ」
「そうですよグリーム君。僕だって空腹なのです、はい」
「俺はアミリアよりクリストより大きいから、早く腹へるんだなー」
「忍耐力の問題よ! 忍耐力ッ!!」
「……アミリアさんだって、さっきまで散々愚痴を溢してたじゃありませんか」
「な〜んですって? もしかして食べられたいのかしらねぇ」
「俺もクリスト、食う!」
「ひいぃいぃいいぃぃ、止してくださいよ。仲良くしましょうよ、はぃ…」
「なに焦ってんのよ、あんたがいないと私たち困るわけ〜。戻れないんだからね」
「まいる、まいる。食べるのやめとく」
「……グリーム君は絶対に本気だったでしょ? 絶対かじろうと思ってたでしょ?」
「でへへっ、でへへっ」
「グリード、そのふざけた喋り方止めて黙りなさい、余計に虫が騒ぐわよ」
「何の虫? ゴキブリ? だったらさっき、いた」
「嘘ッ!!」
「うそー」
「ほらほら、アミリアさん、おっ、落ちつい下さいよ。こんなところで暴れるのは勘弁してくださいね」
「わかってるわよ、それくらいっ。……にしても暇ね〜。なにか来ないかしら」
「口がなまる、なまるっ」
「口が訛ってどうすんねん! 腕やろ腕っ。腕が鈍るや」
「そー、それ、それ」
「はははっ、でも確かに…退屈ですねぇ、はい」
「たまには全力で動き回りたいもんだわ〜」
「殺す、殺す」
「しっ、黙って! 物音がしませんか?」
「誰か……いる、の?」
* * * * * *
重厚な音を立てて最後の扉が開かれた。
しかし扉の前の三人は、部屋の中から死角になる位置に隠れて動かない。
「なんにも……出てこないわね。ここまでだって魔物一匹すらいなかったし」
「パターンから言うと最後の最後にはボスと決まってるんですがね」
武道家と僧侶は小さな声で呟くように話す。全神経を周囲に張りめくらせているようだ。
「おー、宝箱があるじゃんかー」
静まり返っている洞窟に、のん気な声が響いた。戦士は構えた大刀を下ろし、部屋へ一歩踏み込もうとする。
「待ちなさいよバカ!! あんたはいつもそうやって不用意に独断先行しようとすんだからっ」
筋骨隆々とした腕を、真紅の手袋包まれた手が掴む。
曰く、幼いころから続けてきた修行のせいで拳だこが酷くてみっともないから手袋は外さない、らしい。
「アミリエさんの言うとおりですよ。いつだってダンジョンでは最後まで――」
「気を抜かない。特に扉を開く時と、宝箱を開く時は要注意、だろ?」
白い歯を覗かせる戦士に、ため息をつく二人だった。
「いーな? 開けるぞ?」
低い、先ほどよりいささかの緊張を孕んだ声が投げかけられる。
部屋は岩盤がむき出しの荒い作り。いかにも掘っただけ、という雰囲気を漂わせている。
その奥に忘れ去られたようにして大きな宝箱が一つ。今はその前に大柄の戦士がしゃがみこんでいる。
顔の前には青銅造りの盾を構え、傍らには抜き身の刀。それらは宝箱の危険性を存分に理解している熟練者を如実に表している。
そして戦士の背後で、僧侶と武道家は固唾を呑んで身構えている。
「準備は、万端よ」
「なにが起こっても対処できます」
ごくり――と。
音の死んだ部屋に、誰かの唾を飲み込む音がした。ゆっくりと、宝箱の中身が松明の灯りにさらされる。
『「ええぇええぇえええええぇええええぇええええぇ!!」』
無言で固まる戦士、頭を抱え込む武道家、そして洞窟の低い天井を仰ぐ僧侶。
緊張に固まった筋肉が、一瞬に弛緩するのも無理はない。大きな宝箱の隅には、金貨が三枚、申し訳なさそうに入っていた。
それは突然豪邸に連行され、今日一日この部屋で過ごせと命じられた平民を彷彿させる。驚くべきこじんまりさ加減。
ここまで苦心の末たどり着いた三人にとっての死刑宣告にも相応しい。
「んじゃこりゃああぁああぁぁ、深部には魅惑のお宝が隠されてて、でも立ち入ったものは二度と戻らぬ帰らずのダンジョンじゃなかったのかよ!!」
獣も裸足で逃げ出す雄叫びを上げるは、戦士その人。
「しっ……仕方、ありませんよ。情報が間違ってるなんてのは、よくあることですし」
という僧侶も落胆の色を隠せない様子。松明を持つ手が震えている。
「おっかしいとは思ってたのよ〜。だって魔物が出ないじゃないのよっ。巣窟だっていうから装備も整えてきたのに……」
「まったくだぜ。あ〜ぁ、お宝売って腹いっぱい飯を食う、って俺様の幸せ計画があぁあぁ!」
僧侶は自分の持つ松明の火が、小さくなっていることに気づいた。
「はぁ……皆さん、折角ですからそれ、頂いて帰りましょう。松明が消えてしまう前に」
どこからともなく吹いた風に炎は揺らめく。
はっと気づいた三人に訪れたのは暗闇と静寂。音の死んだ部屋に、誰かの唾を飲み込む音がした。
ガタガタッ――
空に等しい宝箱から何かが飛び出した。
「うわああぁあああぁあぁああぁぁ、腕があぁあぁあ」
耳をつんざく様な悲鳴が洞窟に木霊し、まだ無傷の武道家と僧侶は自分たちの過ちを悔いる。宝箱を開けるときは細心の注意を払うべきであり、そしてそれは中身を懐に仕舞いこむまで続けるべきなのだ。
「うまい、うまいっ、ひさびさのご飯」
戦士の悲鳴に混じって聞こえたのは、狂喜するかすれた声、さらに肉を噛み潰す音。
静寂は失せ、血の臭いが漂い始めそこは、戦場となった。
* * * * * *
「いやぁ、美味ですね」
「腹へりは最高の調味料ってね〜」
口の周りをべっとり血に濡らし、おぞましい様相の魔物は笑みを漏らす。
満足げな二体の魔物の背後では、同種の巨大な魔物がぐちゃぐちゃと、乱暴に肉を頬張っている。
「うまい、さいこー、こいつうまい、肉がしまってる」
鱗に覆われた腕が、さっきまで武道家だったモノの頭を引きちぎり口へ放り込む。
あれから数十分、部屋で動いているのは骨を砕く音に口を歪め笑う三体の魔物だけ。
部屋の中は血で真っ赤に染め上げられ、宝箱は空になっている。
「にしても間抜けな奴らだったわね〜。あれだけびびっておいて最後の最後に気を抜くなんてねえ」
饒舌に話す魔物は他二体とまったく同じ外見だが、口調から察するにメスであるらしい。
「いえいえ、これは僕の策戦の勝利です。宝箱にただ身を潜めていたのでは僕達は簡単に殺されてしまいます。なぜなら奴らの意識が集中しているからです」
魔物はそこでくくくと笑った。
「力の弱い僕達など瞬く間にひき肉です。ここに転がってるような、ね。だったら! 気を逸らしてやればいい……大仰な宝箱に期待を膨らませ、その実、中身は金貨三枚。拍子抜けです。だからこそ、彼らは油断した! その結果が」
そういって魔物は戦士の腹に鋭い爪を突き立てた。そして勢いよく臓物を引きずり出すと、楽しそうに食らう。
「まったく頭が下がるよ。待ってるのは辛いけどね〜。クリスト、あんたのお陰で私たちはこうして食事にありつける」
「クリストさいこー。人間さいこー」
「グリーム! あんたサイモンの食べる分残しときなさいよ? 人間をここに誘い込む役目を買ってくれてるんだからね」
グリームと呼ばれた魔物はでへへ、と醜悪に顔を歪めた。
「そう! そこがポイントなのですよ。アミリアさん! 人間にこの場所を恐ろしい場所だと刷り込んでおく。二度と戻れないなどというのは、一見マイナス的要素に感じられるでしょうが。逆です。愚かな人間には怖いもの見たさというものが――」
貪る音と、興奮気味な魔物の講釈は、延々洞窟に反響し続ける。血の宴は、天井のない世界に月が輝く時刻になるまで、続けられた。
* * * * * *
宝箱は三つの可能性が詰まっている。「希望」と「落胆」と「危険」である。
あなたが宝箱に遭遇したときは、どうかこの物語の冒険者のようにならないために細心の注意を払ってほしい。目先の宝箱だけではなく、全てに、である。
この物語の冒険者が犯した間違いはどこにあったのだろうか。
宝箱を開けるときに気を抜いてしまったことだろうか、それとも宝箱を開いてしまったこと自体なのだろうか。
いや、違う。
答えは洞窟に足を踏み入れてしまったことだ。なぜならその時点で、彼らは危険な宝箱の口に飛び込んでいたのだから。
つまり、今あなたが立っている場所そのものが、すでに大いなる危険を宿した巨大な宝箱の中、ということも在りうる話だ。そう、気づいていないだけなのかも、知れない。