『沈黙の風見鶏』


 森の中に、そこにあるべきものを神様がごっそり切り取ってしまったような場所があった。具体的には砂漠。不自然な砂地である。
 砂漠地帯は円形で、直径は数キロに渡っている。砂は水気の欠片も含んでおらず、およそ山中には似つかわしくない。当然ながら雑草の一本も生えてはいない。
 そこには植物の代わりに一風変わったものが立っている。無数の風見鶏である。
 風見鶏たちは互いに大きく間隔を取り、あちこちに、無造作に立って長い影を作っている。風が吹くと彼らは各々にくるくる回り始める。
 くるくる、くるくると――

 森の中から老人が姿をあらわした。
 顔は日に焼けて真っ黒。眉間に刻まれた深い皺が厳格なイメージを与える。
 老人は手にした桶に透き通った水を持って、風見鶏の一つに歩み寄った。そしてひざまずき顔の前で両手を握り締め、目をつむった。眉間に力が入りより一層、皺が深度を増す。
 熱心な瞑想が終わると老人は立ち上がり、風見鶏に水をふりかけ、次の一本へ向かって歩いていく。
 十本目を数えたころ、老人のやって来た森のほうから、草を踏み分ける音がした。老人は構わず目をつむり続けた。やがて音は大きくなり、若い男がやってきた。
 つばの広い丸帽子を目深に被り、薄いローブを羽織っている。ローブからのぞく首元や手は血管が透けるほど白く、山にいることよりも、まず外にいることが違和感を生じさせる。
 男は突然開けた異様な景色をじっくり見渡し、老人がいることに気がつくと、静かに背後へと進んだ。
「こんにちは、何をなさっているのですか?」
 老人は無言で祈りを続けている。
 男はすこし考えて、老人の隣に同じようにして座り、目を閉じた。
 
「先ほどは済まないことをしたね、ロイド君」
「いいえ、ドーズさん、さっきはお邪魔をしてしまって申し訳ありませんでした。おまけにこんな森の中で豪華な夕食をいただけるとは」
 ロイドと呼ばれたローブを着た青年は目の前のテーブルに並ぶパンに手を伸ばし、噛り付いた。とたんほほが緩み、至福の笑みとなる。
 用意された料理は野菜を中心としたもので、豪華と呼ぶには物足りない気もするが、ロイドの表情を見ると皮肉の意味合いはない。そしてドーズと呼ばれた老人は料理を次々平らげていくロイドに優しい眼差しを向けている。
「喜んでもらえたようで、なによりだ」
 二人はドーズの住む、木製の小さな小屋で夕食に舌鼓を打っている真っ最中である。
 日はとうに暮れてしまったが、家の中は明るく、暖かい。
「ところで、あんたどうしてこの場所に? 自慢じゃないが、私は人と話をするのは久しぶりだ」
「えっ、あー、ええと……」
 ロイドは少し考えるそぶりをして
「旅ですよ、旅。南の方からずっと旅をしてきました」
 と白い歯を覗かせた。
「そんな格好で?」
「ええ、こんな格好で」
 ドーズは呆れたように笑った。
「変わった人だな。君は」
 ロイドはその言葉に笑顔で答えながら、ちらりと本棚を見た。そこにはDIARYと背表紙に書かれた本がずらりと並んでいる。心なしかロイドの目が細く鋭くなった。
「それにしても驚きました。森を抜けたと思ったら砂漠が広がっているんですから」
 ほんの一瞬。ドーズの顔に翳りが落ちる。
「驚いただろうね」
「あの風見鶏はドーズさんが作られたのですか?」
「……そうだ、ほとんどは私の作品だ」
「ドーズさん、風見鶏の一つ一つに手を合わせていましたがあれはどういうことなんです? お墓の代わりなんですか?」
「……本来は違う。しかし、そう、なってしまった」
 頭の上の空気が重くなったように、ドーズは顔を俯かせ、黙り込んだ。
 それとは正反対に目に光を宿し、ロイドが口を開いた。
「単刀直入にお尋ねします。あそこで一体なにがあったのですか?」
 数秒の逡巡のあと
「……すまない。語りたくはないことなんだ。それにもう大昔の話だ。そう…二十五年も過去の出来事だよ」
「僕は終わったところにある新しいものを探して旅をしています。どうか」
 ガシャンッ。両掌に打たれたテーブルが高い声で鳴いた。勢いよく立ち上がたため、椅子がぐらぐらと揺れた。
「本当にすまない。だけど私にとってはロイド君、君が何のために旅をしているかということはどうでもいいことなんだ。わかってほしい」
「いえ、こちらこそすいませんでした」
 さっきまでとは打って変わってしおらしくなったロイドにドーズは優しく言った。
「幸いこんな家でもベッドは二つある。窓際のは私が使っている。君は壁のところにあるベッドを好きに使ってくれていい」
「ありがとうございます」
 食器を持って立ち上がったドーズの背後で、ロイドの刺すような視線が本棚を見ていた。



  *    *    *    *    *



 明かりの消えた小屋の中。
 窓から入り込むわずかな月明かりに感謝しながら、僕は分厚い本を開いている。背表紙にはDIARYの文字。ドーズさんは几帳面な性格のようで、日記には欠けた日付が一つもない。                                                                                                          
 拝借してきたのは今から二十五年前の記録。本棚に並ぶ日記の中でもっとも古い日記だった。そしてこれこそが、この場所に起きた事件の全貌を知るための一冊。
 僕はぺらぺらとページを飛ばし読みしていく。正確な日付まではわからないためこうするほかない。
 この旅を始めて、はじめて生き証人を見つけたというのに彼はだんまりを決め込むつもりらしい。
 僕だってできれば他人の日記を盗み見するような真似をしたくはないが、研究のためならと割り切ることに決めた。
 二十五年前のドーズさんはささやかな幸せに包まれて生活していたようだ。日記には娘と話したことや、娘と喧嘩したことや、娘と遊びに出かけたこと、そのほかにも娘と――
「これはどちらかといえば、娘さんの観察日記とかなんじゃ……」
 何気なくページをめくっていくと、ある地点からがらりと日記の雰囲気が変わっていることに気がついた。
 それはある日を境に登場するようになるこの単語のせいであろう。

 イケニエ――という、単語の。



  *    *    *    *    *



 DIARY


 なぜだ。
 どうしてニーシャが今年のイケニエに選ばれなくてはいけないのだ。
 私は絶対に認めない。男手一つで育てた大事な娘をイケニエだと? 
 冗談じゃない。誰もが名誉なことだと、我が家に農作物やらを持ち寄ってくるが、やつらの顔にははっきりと書いてあるじゃないか。
「私の家でなくて良かった。身代わりになってくれてどうもありがとう」
 ああ、一体どうすればいいんだ。


 可愛いニーシャ。いじらしい子だ。
 今日もやってきた町の連中に笑顔で対応していた。
 まだ二十歳になったばかりだというのに死にたくはないはずだ。もっと行きたいはずだろうに。それなのにどうして笑っていられるのだろうか。
 私は娘の顔をまともに見ることすらできない。いつの間に私はこれほど弱く、ニーシャはこれほど強くなってしまったのだ。


 私は決意した。
 本当なら胸を張ってイケニエに選ばれた娘を祝ってやらなければならない。そんなことはわかっている。
 だが、もう、うんざりだ。山に神など存在しているのだろうか。
 確かに祭壇に捧げられたイケニエと収穫物は数日の間には消えている。
 だが、無くなっているという事実があるだけだ。この町の誰かがこっそりと自分のものにしているとしても誰にもわからない。
 悪習を取り払うときがきたのだ。
 明日の朝一番にニーシャと話をしよう。


 ニーシャは戸惑っていたが、私の熱意に押され、理解してくれたようだ。
 二人でこの町を捨ててどこか別の地へ移り住むことにした。
 しかしことはそう簡単にはいかない。ニーシャはイケニエの身分だ。それが突然いなくなったとすれば、町の人間全員で捜索にあたるだろう。
 それに私自身この町には愛着もある。できれば誰にも迷惑をかけず、穏便に終わらせたい。
 今日も向かいの家の風見鶏は、くるくる回っている。


 概ねの作戦は完成した。きっとうまくいくことだろう。そうす



  *    *    *    *    *



「ロイド君」
 ロイドは体をびくりと弾ませ、ゆっくりと日記から目を上げた。そこには月明かりを浴びて、静かに立っているドーズの姿があった。
 読むことに夢中になりすぎたロイドは、足音にまるで気がつかなかった。
「そ、その、これは……」
 ロイドの背中を冷たい汗がつっと流れるのを感じた。
「話そう」
「へっ?」
 そういってドーズは、間の抜けた表情で固まったロイドの隣へ腰を下ろした。ロイドは何度も目をしばたたかせた。
「その、よろしいんですか……?」
「本当は誰かに聞いてほしかったのかもしれない。理由は知らないが君は人の日記を読んでまで知りたいと言う」
「すっすみません」
「いいんだ。別に隠す必要もない。思い出すのが嫌なわけじゃない。いや、思い出すわけじゃないな。私にとっては二十五年経ってもこれは過去のことではないんだよ。言い淀んだのは決心が付かなかっただけなんだ」
 ドーズは薄明かりに浮かび上がる壁に語りかけているようであったが、その目は壁の遥か遠くへ向けられていた。
「あれはね、私がやったんだ。その罪を背負って私はここにいる」
「罪? あなたがやったんですかっ? あれをっ? まさかっ」
 ロイドは目を見開いてドーズを見た。相貌には疑惑の色が見える。
「いいや、私がやったんだ」
 ドーズは断言して、それからぽつりぽつりと言葉を紡ぎはじめた。



  *    *    *    *    *



 夕方、ロイド君が見た砂地の風見鶏たちの下には、町が眠っているんだ。とても信じられないことだろうけど。
 おや、笑わないのか。私はてっきり笑われると覚悟していたのだがね。
 そうか、では、続けよう。

 私は町の大工だった。とはいえ小さな町だ。大工だけでは食うに事欠き、家具を作って売ったりもしていた。
 需要で言うと私は家具屋さんになってしまうだろうな。あの風見鶏たちはそのときに作って屋根に取り付けたものなんだよ。
 彼らは町が沈んでしまう前は、屋根の上で全身に風を受け、太陽に輝いていたんだ。
 さて、ここからが本題だ。町には……風習があった。
 五年に一度山の神に贈り物を届けるという習慣がね。みんなそのおかげで山が守ってくれていると信じていた。
 貢物は二つ。その年に採れた収穫物と若い女だ。
 二十五年前のイケニエは私の一人娘、ニーシャだった。私は運命を呪った。そして考えた末、逃亡を決意した。
 しかしただ逃げても捕まってしまうのは目に見えていた。
 ここまでやってきたロイド君ならわかるとはずだ。この辺りは山に囲まれていて、やすやすと抜け出ることはできない。だから私達は少々危険ではあるが賭けに出た。
 素直に、娘をイケニエとして差し出すことにしたんだ。
 イケニエを神の祭壇に安置した後、町はではお祭りが始まりまる。私はそのときにそっと抜け出して娘を逃がすことにした。
 イケニエにした後なら、娘が消えても逃げたかどうかの判断はつかないからね。
 祭りが終わるまでは、そ知らぬ顔で祭りを楽しむふりをして、数日後に置手紙を残して私もあとを追いかける算段だった。
 荷物はあらかじめ近くの洞穴へ移動させてあった。娘に持たせる荷物と、それと私が持っていく荷物も。ただし本当に必要最低限だけに絞ってだ。でなければ怪しまれてしまう。  
 ロイド君が読んでいた、その日記も荷物に入っていた。それ以前の日記は今地下に埋まってるはずだ。

 当日になって、私は数人の男達と箱に閉じ込められた娘と穀物を祭壇へと運んだ。
 そして予定通り誰にも見つからず祭りを抜け出し、洞穴の娘の荷物を回収し娘を逃がした。驚くほどうまくいっていた。
 予期せぬ出来事が起きたのは帰り道でのことだった。
 私は全力で町へと走っていた。私がいないことで騒ぎが起こることを恐れていたんだ。
 そんな焦りの中、ふと、足音が聞こえた。
 背後から何者かが私を追いかけてくる。私は振り返るのも恐ろしく、無我夢中で前へと足を運んだ。
 それでも足音は着実に私に迫ってくる。
 やがて暗い森に小さな灯りが見え始め、祭りの笑い声が聞こえてきた頃、あと少しだと思った矢先だった。
 後頭部に何かぶつかったかと思うと、目の前が真っ暗になった。
 薄れていく意識の中、考えた。私は山の神の怒りに触れ、娘の変わりにイケニエにされるのだろうと。
 しかし不思議なもので、そんな風に考えると悪くない気もした。
 娘の笑顔が、意識の途絶える瞬間に見えた。

 焼け付くような熱さに目を開くと、そこは祭壇だった。いつの間にか朝になっていて、娘の入っていた箱も、一緒に供えた穀物も全てなくなっていた。
 私はわけがわからず、ただ生きている喜びを感じながら町へと向かった。
 でも考えてみると、私はミスを犯していた。
 祭りの途中で、私がいなくなったことを町のみんなはどう思っているだろう。全てばれてしまったのではないか。このまま逃げてしまおうか。荷物は洞穴にある。
 いろんな考えを巡らせているうちに森が開けた。
 私は力なくその場に尻餅をついて動けなくなった。
 町があったはずの場所は一面砂に変わっていた。そして地面から生えた風見鶏が静かに風に揺られていた。
 私はパニック状態に陥った。
 そしてふと、気がついた。これは罰であると。神を蔑ろにして、自分勝手に娘を救おうと考えた愚者への罰なのだと。本当に存在したんだよ、森の神は。
 きっと私を気絶させるだけに留めたのは、私に死よりもずっと辛い地獄を見せるためだったんだ。
 約束の場所には娘もいなかった。あれ以来、行方不明のままだ。
 考えたくはないがおそらくイケニエに……
 私はこの小屋を作って、二十五年間、毎日風見鶏の下に眠る町人達に謝罪し続けている。
 私一人が殺されてたのならどれだけ潔く、どれだけ楽だっただろうか。
 私は……愚直に娘をイケニエとして差し出すべきだったんだろう。
 だが、今二十五年前のあの日に戻ったとして、私はそれができるだろうか。娘を心から愛していたんだ、私は。
 だがそのせいで町はなくなり、娘もまたいなくなった。私に残されたのは贖罪の日々だけだ。
 なあロイド君、私はどうすればよかったんだ? 教えてくれ、私はっ……いったいっ……。

 すまない、これで私の話は終わりだ。ありがとう聞いてくれて。



  *    *    *    *    *



 ロイドは難しい顔をして黙りこくっていた。
 ドーズは目に涙をためて俯いた。
「ひとつだけ、村が沈んだ日、町に旅人は滞在していましたか?」
 ドーズは顔を上げないで首を振った。
「わからない。私は娘のことで頭がいっぱいだったから。町には人はほとんどやって来ない。だけど祭りだったから少しくらいはいたかもしれない。旅人にとっては普通の祭りだからね」
「そうですか」
 小屋は静寂に包まれた。
 森から届く小さな虫の声と、時折聞こえる嗚咽が余計に大きく聞こえる。


「ドーズさん、一夜の宿と貴重なお話ありがとうございました」
 太陽が東の低い山から顔を覗かせている。ロイズは出会ったとき同様、帽子を目深に被り、無心で祈りをささげるドーズの後ろに立っていた。
 ドーズからの返答はない。ロイズは自分もしゃがみこむと、ドーズと同じようにして目を閉じた。
 ロイズは横目でちらちらとドーズを盗み見る。
 その顔はどこまでも自然で、美しいとさえ思える表情を作り出していた。ロイズはそれを見て小さく頷くと立ち上がった。
「山の神さまも、いつかきっとあなたを許してくれるときがきます。そして風見鶏の下で眠る町人の皆さんは、あなたを恨んでいません。憎んでいません。僕はそう思います」
 ロイズは最後にさようならといって、森の中へ消えた。
 ややあってドーズは目を開き、地面を掘り始めた。すると、掘ったそばから地面が盛り上がり、穴は平らな地面へと戻った。
「私はまだ、誰からも許しを得ていない。あと何年祈りを捧げれば、許してもらえるのだろうか。町を掘り返す許可が下るのだろうか」
 ドーズは誰からの返事がないことを確認すると、川から汲んできた水を風見鶏にかけた。


「収穫はあったのか、ロイド」
 丘の上で眠っていた怪鳥は羽を広げ、地に響く声で言った。
「いや、だめだ。でも生き残りがいた。それも数え切れなくらいな」
「ほう、初めてのことではないか。それでその者たちはなんと?」
 問いはしたものの怪鳥はあまり興味がない様子で翼の手入れをしている。
「いや、たち、じゃない。話せるのは老人一人だけだった。その人が言うには……全ては自分の責任、だそうだ。結局生きてるけど何も知らなかった。何も知らなかったからあそこにいた」
 ロイドはさっきまでいた砂地の方向に向き直った。しかしその先には木々が鬱蒼と生い茂っている。
「次の場所にいこう。僕の予想ではこの事件の始まりの場所に答えはあるはずだ。ここはまだその場所じゃないと思う」
「しかしいいのか? 他にも生き残りがいるならその者たちにも話を聞くのが筋だろう」
 ロイドは心底残念そうに
「できるなら是非、お話を賜りたいところだ。彼らの何本かは真相を知っているはずだから」
 と肩をすくめ口の端を吊り上げた。
 怪鳥は少し考えて、体を震わせた欠伸をしてみせた。
「了解した。また北に飛べばいいのだな?」
「これまで通りなら」
 ロイドは伏せた怪鳥の背中に登った。怪鳥は数回、羽ばたいて一度に浮上した。地面は見る見る離れて行き、森にぽっかりと砂地の穴が開いているのが見えた。
 ロイドはその場所にたくさんの風見鶏の墓標と、小さな人影を捕らえ、ゆっくり目を閉じた。

 

  *    *    *    *    *



 温故知術ノ書 
  三巻 眠れる時の秘術 T

 二十五年前、ある魔法使いが現れた。
 魔法使いは北から南へと南下を続け、その途中にある村や町を次々に地中に沈めていったという。その人物についての詳細は一切不明。
 最後は聖都の兵士に追い詰められ、狂ったように笑いながら、自らに魔法を行使し地中へと沈んでいった。
 その魔法使いが何かを沈めた場所はことごとく砂漠のような地形となり、植物は育たない。掘り返そうと試しても、掘るしりから地面が盛り上がって再びもとの姿に戻ってしまう。
この本を書くにあたり、調査を開始したとき、二十五年が経過したというのに魔法の効力は健在であった。
 このような魔法は現存するどの魔法書にも記載されておらず、事件はというとろくに調査もされていなかった。
 私はこの稀に見る秘術をなんとしても体得したいと考え、調査を開始した。
 



  *    *    *    *    *



 温故知術ノ書
  三巻 眠れる時の秘術 Y


 水の都、エイチスから丸二日、北へ飛んだ山中に術の爪あとを発見した。
 そこではこれまで誰一人いなかった生存者が静かに暮らしていた。
 彼は不幸なことに、自分の町が砂に沈んでしまったことを自らの責任だと信じ込んでおり、沈みきらなかった屋根の上の風見鶏に、来る日も来る日も懺悔を繰り返していた。
 魔法に補足された対象が、完全に沈みきっていないというのも初めてのことで、屋根についていたのであろう無数の風見鶏が地面から生えるようにして立っていた。
 森の中にぽっかりと口を開けた砂漠。無数に生えた風見鶏。それはえも言われぬ幻想的な光景であった。
 さて、なぜ老人が勘違いを起こしてしまったのかはここでは割愛するが、彼は二十五年間、自分のしてしまったことを呪い、懺悔し続けていた。
 私は確信を持って老人に、あなたのせいではなく、これはある魔法使いのしたことであると、教えることもできた。
 だが、それが本当に正しいのか私には判断がつかなかった。
 老人を罪の意識から解放することを正しいと初めは考えていた。
 だが、彼の風見鶏の前にひざまずき、祈りを捧げる表情を見ているうちに決心は揺らぎ、確信は迷いへと変わった。
 老人は一心不乱に祈り続け、そのためだけに生きているのだ。
 人もやってこない山奥でたった一人延々と。
 私は恐ろしくなってしまったのだ。老人の二十五年間を否定することが、どうしようもなく怖かった。
 結局私は、真実を告げることはできなかった。
 老人は生きている限り、祈り続けるだろう。今日も、明日も、明後日も、ずっと先の未来まで。
 風を受けて回る風見鶏がごとく、同じ場所でくるくる、くるくる、と――